先週、巨人の阿部慎之助監督が娘さんへの暴行容疑で現行犯逮捕され、その日のうちに辞任しました。
野球ファンでなくても名前を知っているレベルの人です。それが一晩で監督の座を失った。ニュースを追っていて、僕は正直、事件そのものよりも通報に至った経緯に背筋が冷たくなりました。
きっかけは、ChatGPTだったんです。
僕は本業で営業の管理職をやっていて、部下にもAIを使わせています。だからこそ、このニュースは「他人事じゃない」と感じました。今日はそういう話を書きます。
18歳の娘が、まずChatGPTに相談した
報道と会見で明らかになった流れを、わかる範囲で整理します。
5月25日の夜、自宅で姉妹がケンカを始めた。それを止めようとした父親と長女が口論になり、襟元をつかんで投げ倒す——そういう暴行があった。父親は飲酒していたとされています。
問題はこの後です。18歳の長女は、どうしたらいいかわからず、まずChatGPTに「父親から暴力を受けたがどうしたらいいか」と相談した。すると「匿名で相談できる児童相談所がある」という回答が返ってきた。彼女はその案内に従って児相に電話をかけた。
ところが、彼女が相談したかったのは「どうしたらいいか」だった。なのに、本人の意向が確認されないまま、児相から警察へ通報がいった。気づいたら自宅に警察が来ていて、父親が現行犯逮捕されていた——。
長女は手紙でこう振り返っています。「“どうしたらいいか”という私の意向が聞かれることなく、警察に通報されるという形になってしまいました」。「殴る、蹴るといった事実はない」とも書いていました。
事の善悪は、僕がここで断じることじゃありません。暴行があったのは事実として認められている。それは別問題です。
僕が引っかかったのは、ひとりの18歳が、人生の重大な分岐点で、最初に頼った相手がAIだったという一点です。
「AIに聞いたら、そのまま信じる」は、もう特別なことじゃない
正直に言います。これ、笑えないんですよ。
僕の部下にも20代がいます。彼らにとってChatGPTに相談するのは、僕らが昔Googleで検索したのと同じか、それ以上に自然な行為です。わからないことがあったら、まずAIに聞く。友達より先に、親より先に、AIに聞く。
そして高校生くらいの年齢だと、返ってきた答えを疑うという発想がそもそも薄い。AIが「児相に相談するといい」と言えば、それが最適解なんだと受け取る。検索結果を10件見比べて、自分で判断する——みたいな手間を踏まない。聞いて、出てきた答えを、信じる。
これは能力の問題じゃなくて、そういう時代に育ったからです。
少し前まで、「困ったときにどこへ相談すればいいか」なんて知識は、大人になる過程でなんとなく身につけるものでした。あるいは、身近な大人に聞くものだった。それが今は、スマホに話しかければ一発で出てくる。
僕はこれを「情報の民主化」だと思っています。昔なら専門家や経験者しか知らなかった選択肢が、誰の手にも、瞬時に渡るようになった。基本的には、すごくいいことです。
でも今回の件は、その民主化が予想外の結果を生んだケースでした。
AIは正しかった。でも、正しさが幸せとは限らない
ここが難しいところなんです。
ChatGPTの回答は、間違っていません。「父親から暴力を受けたら児童相談所に相談する」——これは公的にも完全に正しい案内です。AIは教科書通りの、模範解答を返した。
でも、その模範解答は、18歳の彼女が本当に望んでいた着地点とは違った。
彼女が欲しかったのは、たぶん「どうすればこの状況をうまく収められるか」という相談相手だった。なのに、システムは「暴力の申告→通報」という最短ルートを走った。AIも、児相も、それぞれの役割としては正しく動いた。なのに、結果として一家の大黒柱が職を失い、家族は世間に晒された。
ちなみに日経の報道によると、ChatGPTは技術改良の中で、トラブル相談に対して早めの通報・相談を促す仕様になっているそうです。利用者を守るための設計です。それ自体は正しい。
でも、正しい設計が、いつも当事者を幸せにするとは限らない。
僕がAIを語るとき、いつも言っていることがあります。AIは魔法の箱じゃなくて、優秀だけど空気は読めない新人みたいな存在だ、と。今回ほど、その比喩がしっくりきたことはありません。
娘さんも、被害者だと思う
これは僕の個人的な感想として書きます。
報道では「暴行を受けた被害者」として娘さんが扱われています。それは事実です。でも僕は、彼女は別の意味でも被害者だと思っています。
彼女はただ、困って、相談しただけなんです。悪意なんてどこにもない。AIに聞いて、案内通りに電話をかけただけ。なのに気づいたら、自分の行動が父親の仕事を奪い、一家を世間のさらし者にしてしまった。18歳が背負うには重すぎる結果です。
「お前がChatGPTなんかに相談したからだ」——そんなふうに責められる筋合いは、彼女にはひとつもない。彼女は時代に用意された道具を、ごく普通に使っただけです。
むしろ責任があるとすれば、それはこういう道具を、リテラシー教育とセットで渡せていない僕ら大人の社会の側じゃないでしょうか。包丁の使い方を教えずに包丁を持たせて、怪我をしたら子どもを責める。それと同じ構図に見えるんです。
こういうニュースは、これから一時的に増える
たぶん、似たような話はこれからしばらく増えます。
AIに相談して、その通りに動いて、想定外の結果になった——という事例です。恋愛、お金、人間関係、仕事のトラブル。あらゆる場面で人はAIに相談するようになったから、当然そういう「事故」も表に出てくる。
でも僕は、これは一時的なものだと思っています。
新しい道具が普及するときは、いつもこうです。車が普及したときも事故が急増した。インターネットが普及したときも詐欺や炎上が問題になった。スマホもそうでした。最初は混乱が起きて、社会がだんだん「付き合い方」を学習して、落ち着いていく。
今がちょうど、AIにおけるその混乱期なんだと思います。やがて学校でも家庭でも「AIの答えは鵜呑みにしない」「重大な判断の前に人に相談する」みたいなリテラシーが当たり前になっていく。そうやって社会の側が成熟していくはずです。
それでも、最後は人間が判断するしかない
じゃあ僕ら——特に部下を持つ管理職は、何をすればいいのか。
答えはシンプルです。AIの答えを、いったん人間の目に通すクセを、現場でつくることです。
僕は部下にAIをどんどん使わせます。提案書も、議事録も、メール文面も、まずAIに下書きさせていい。生産性は確実に上がる。でも、必ず言っているのは——「出てきた答えを、お前自身の判断で一回確かめろ」ということです。
AIが「この顧客にはこう提案すべき」と返してきても、それが目の前の相手に本当に刺さるかは、現場の人間にしかわからない。AIは正解を出す。でも、その正解が“今このケース”に合っているかを判断するのは、最後はいつも人間なんです。
今回の件は、企業のAI活用とは関係ない、家庭内の出来事です。でも、構造はまったく同じだと思いました。AIは正しい答えを出した。足りなかったのは、その答えを当事者の状況に照らして「本当にこれでいいのか」と一呼吸おく、人間のステップだった。
5年後、10年後。僕の部下が誰かの上司になったとき、その下の世代は今よりもっとAIネイティブになっているはずです。そのとき「AIが言ったから」で思考停止する部下を育てるのか、「AIはこう言うけど、自分はこう判断する」と言える部下を育てるのか。それは今、僕ら管理職がどう接しているかにかかっている。
まとめ
今回のニュースから、僕が受け取ったことを整理します。
- 18歳の娘がChatGPTに相談し、その案内通りに動いたことが、巨人・阿部監督の逮捕と辞任の発端になった
- AIの回答自体は正しかった。でも「正しさ」が当事者の幸せと一致するとは限らない
- 困ってまずAIに頼るのは、もう特別なことじゃない。返ってきた答えを疑わずに信じる若い世代が増えている
- 娘さんも、ある意味では被害者だと思う。彼女は時代の道具を普通に使っただけで、責められるべきは道具を渡す側の社会の成熟度
- こういう「AI相談事故」は一時的に増えるが、社会が付き合い方を学習して落ち着いていくはず
- 道具を使う側のリテラシーが問われる時代。最後に「本当にこれでいいのか」と判断するのは、いつも人間
AIは、間違いなく僕らの選択肢を増やしてくれました。知らなかった情報に、誰もが手を伸ばせるようになった。それは生存率を上げる、すごい変化です。
でも、増えた選択肢の中からどれを選ぶか——その最後の一歩だけは、まだ僕ら人間の仕事として残っている。
そこを手放した瞬間に、道具は凶器になる。今回の件は、僕にそれを突きつけてきたニュースでした。
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